武蔵野風土記

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help リーダーに追加 RSS 小手指ケ原古戦場(所沢市北野)

<<   作成日時 : 2008/05/12 06:02   >>

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太平記によれば元弘3年(1333年)5月8日、新田義貞は鎌倉の北条高時を攻めるため、群馬県新田郡新田町生品明神で旗挙げをし、10日には入間川の北岸に到着した。一方、鎌倉の北条方では新田方を迎え撃つため桜田貞国を将として鎌倉街道を北進し、5月11日、両軍は小手指ヶ原で激しく戦った。しかし勝敗は決せず新田方は入間川に、北条方は久米川に退いた。翌12日、新田方は先制攻撃をかけて久米川の陣を攻め立てたので北条方は敗れて府中の分倍河原に退いた。そして15日新田方が府中に押し寄せたところ、北条方には援軍が来たので新田勢は敗れて狭山市掘兼まで退き陣を立て直した。そして16日新田方は再び分倍河原の合戦で勝利を得、18日には藤沢市村岡で戦い、22日ついに新田方は鎌倉を攻め落とした。小手指ケ原古戦場にある白旗塚は、そのとき義貞が源氏の白旗を立てた所といい、また誓詞ケ橋は義貞が所属した将校に忠誠を誓わせた所と伝えられている。なお、所沢には椿峰、兜掛けの松、誓いの桜、義貞の祈願文、勢揃橋などこの合戦に関係した説話が残っている。
平成8年3月
所沢市教育委員会

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