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都旧跡 大塚古墳 所在 あきる野市雨間字塚場232番地 指定 大正15年5月 秋留台地にそびえるこの大塚古墳はほとんど円墳の形をなしているが、築造当時には方墳ではなかったかと思われる。この台地は古代奈良時代における官牧の一つで「小川牧」と呼ばれ、武蔵国の有数な官牧であった。古代末期に活躍する武蔵七党はこれら官牧と深い関連をもち、官牧の支配によって活躍の裏付けがなされていたのである。秋留台地には多くの古代住居遺跡が見られ、特に瀬戸岡古墳群(都旧跡)は律令制社会におけるものとして著名であるが、大塚古墳は瀬戸岡古墳群とは比較にならないほど規模が大きい。大塚古墳は王塚古墳とも呼ばれ、高さは約6メートル、周囲は約130メートル余であり、台地に築造された古墳として重要である。 昭和43年3月1日 建設 東京都教育委員会 |
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